2012. 05. 04  
<主題>
父神様も、御子イエス様も肉体を使って来られて、人を通して行なう。
時代の中心者を通しての救いの歴史だ。

<聖句>
ゼパニヤ書3章17節
マタイによる福音書2章6節
ヨハネによる福音書5章24〜25節

<説教>鄭明析 牧師(キリスト教福音宣教会 総会長)

ハレルヤ!永遠でいらっしゃる父神様の愛と御子イエス様の平安を祈ります。今日も御言葉を聞くときに、聖霊様の熱い感動、感化、御働きが満ちることを祝福します。

地球世界の全ての人々は救いを受け御子主の再臨を迎えならない
この世の全ての人たちは神様の創造目的のもとに創造されました。神様の創造目的は、人間が地上で、肉でも神様とイエス様を信じて愛し、その御言葉に従順であることで、愛の対象体になって生きることであり、それによって救われて天国に行って、霊でも神様とイエス様の愛の対象体になって生きることです。だから、人間は創造目的を成してはじめて、生まれた目的を成すようになります。
創造目的を成すために、神様は宇宙と人間の霊と肉を創造し、人類を育ててきて、今から6千年前にアダムとエバを選んで、救いの歴史を始め、初めて「御言葉、つまり神様の法」をこの地上に宣布なさいました。その御言葉を聞いて行なうとき、肉と霊が救われ、霊が天国を相続して、創造目的を成すようになります。
しかし、アダムとエバは神様の法を破ることで堕落してしまいました。その後神様は創造目的に従い肉と霊を救うために旧約4000年、新約2000年の歴史を広げてこられました。

今、時になって成約千年の歴史を広げていかれています。地球世界の全ての人たちは、神様が最後に行なう成約歴史に来て、この地上で肉も引き上げさせ、それによって霊も変化させて、イエス様の再臨を迎えなければなりません。地球世界に住んでいる人間であれば、みんな救われて、御子イエス様の再臨を迎えなければなりません。そうしてはじめて、創造目的を成して、地上に生まれた目的を成すようになります。

ユダヤ民族は神様が直接目に見えるように来ることを固く信じて生きていた
聖書を通して4千年の旧約歴史を見ると、神様を絶対に信じて、仕えて、生きていた人たちは、神様がおっしゃり預言した通りに神様が来ることを、望んで待って生きていました。神様が来られて、敵たちを滅ぼし、信じる人たちを救って、理想世界を成してくださることを切実に願って待ちました。
旧約4千年の歴史が過ぎて、時になって、神様は降臨なさり、希望の歴史を行ないました。その息子、御子をこの地上に送って、御子と共に降臨なさいました。しかし地上で行なう歴史なので、「イエス様の肉体」が聖霊で身ごもるようにし、その肉体を使って御子も現れ、神様も降臨なさいました。
しかし、全能者神様が直接人間の目に見えるように来るだろうと思っていたユダヤの宗教人たちは、イエス様を拒否し、不信し、止め、迎えることをしませんでした。だから神様と御子を迎えて新しい歴史を広げることに失敗しました。結局十字架につけて殺すまでしてしまいました。

神様は霊の存在なので、地上に来る時は人を使っていらっしゃる。
全能でいらっしゃり、永遠でいらっしゃる神様は、霊の存在なので、地上に来られる時は「人間」を使って来られます。これは天倫の法則です。人間の霊も、肉の世界で働く時は、自分の肉を使って行ないます。
旧約以後、新約の時になって、神様は御子と共に「イエス様の肉体」を使って来られました。そのイエス様は田舎のベツレヘムで生まれて成長しました。イエス様が30歳の青年になった時、神様と御子はイエス様を通して福音をのべ伝え、歴史を広げていかれました。聖書に預言された通りに、神様が来られて行なうといったことを、なさいました。
ヨハネによる福音書1章14節で「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた」とおっしゃった通りに、神様がその息子、御子を遣わして、御子が肉体として使ったイエス様を通しておっしゃいました。
そして、神様を信じて神様が来られることを待って希望していた人たちに対して、イエス様を通して祝福し、病気も癒し、人生の面談もして、救ってくださることもしました。神様は聖書で約束したすべてのことを、御子の体になるイエス様の肉体を通して、すべてしてくださいました。
しかし、そのイエス様をユダヤ宗教人たちが殺してしまいました。主は再び来るとおっしゃり、昇天なさいました。

再臨の時も御子は地上に肉体を使っていらっしゃる。
再臨の時も、御子が再臨の主として来られます。初臨の主も御子であり、再臨の主も御子でいらっしゃいます。しかし、御子は全能でいらっしゃる霊なので、地上の人間の肉体を使って来られます。このことを知らなければ、御子イエス様の再臨を迎えることができません。御子は霊で再臨して、人間の肉体を使って来るから、人々が分からないのです。

御子はイエス様の肉体が生きている時、その肉体を通して直接おっしゃいました。「私が神の子であることが分からないと言うなら、私の言葉を聞いて、私の行ないを見て信じなさい」とおっしゃいました。このように、「御言葉」を聞いて、「行ない」を見て信じなければなりません。そうしてこそ、御子が来られたかが、分かります。
しかし、御子が「肉体」を使って来られるのを知らなければ、初臨の時、神様が御子と共に「イエス様の肉体」を使って来られた時、ユダヤの宗教人たちが分からずに不信したように、再臨の時であるこの時代にもまた、分からずに不信するようになります。

霊で存在なさる神である御子と一体になった人の肉体を使って降臨なさる
神様は、「霊」で存在する神が、霊体そのままこの地上に来て働くようにと法則を定めることはしませんでした。霊で存在する神は、この世で自分を絶対に信じる恋人のような人、考えと心が絶対に一体になった人の肉体を使って降臨して、その人を通して話し、救い、愛し、助け、働きかけます。

父神様と御子イエス様は、旧約4千年、新約2千年の間、一度も全能でいらっしゃる霊体そのままでこの地上に現れることはなさいませんでした。<旧約時代>にも、神様はノア、アブラハム、ヨセフ、モーセ、ヨシュア、ギデオン、ダビデ、エリヤなど、士師たち、中心人物たち、預言者たちを使って現れて、おっしゃり、行なって歴史を広げました。<新約時代>にも、全能でいらっしゃる御子は神様と共に「イエス様の肉体」を使って来られました。
再臨の約束を成す<成約時代>にも、全能でいらっしゃる御子の霊体が再び来られます。御子が初臨の時肉としてお使いになった「ナザレのイエス様」が再び来るのではありません。御子本体ではないので、再び来ることができないし、また、その肉体も亡くなったので、再び来ることができません。御子本体が再び来られるのです。成約再臨歴史に御子は「新郎」として再びいらっしゃいます。だから、地上で天の前に絶対的な愛の条件を立てた人の肉体を使っていらっしゃいます。まずは御子がその人を教え、その人を通して時代の福音をのべ伝えて、三位とこの時代を証するようにさせます。三位一体の御力で御自ら、遣わした人を通して行い、約束なさった御心を成し遂げます。

新婦の時代に新譜として完全に条件を立てた人を選んで御心を成される
この時代も神様と御子は、天の対象体である人間の中から、新婦の時代に新婦として完全な条件を立てた人を選んで、その人を新婦にして、その人をご自身の肉体としてお使いになって、その人を通して時代の御言葉をのべ伝え、再臨の御心を成します。「その人」を「時代の中心者だ。使命者だ」と言います。
時代ごとに中心者、つまり神様が遣わした人である、肉のある人の言うことを聞かず、彼らを通さずに、神様と御子イエス様の前に直接進み出た人たちは救われませんでした。サタンがすべて捕食します。サタンがそのような人はすべてかっさらって行きます。その道は途中で終わります。
全能者神様と御子の前に直接行くのはただ「中心者」だけです。中心者が数十年間誰にも知られず、主に学んで、主と人々との「橋渡し」をします。神様と御子イエス様の前に直接行く道は、階段があまりにも高すぎてのぼっていけません。中心者を踏み台にして、のぼって行かなければなりません。
中心者が主の前に行く門です。その門を通って入って行かなければなりません。その人が羊の門です。その門から入って来ない者は、窃盗であり、強盗であり、盗人として扱われます。中心者も、世の中に主を伝える前に、まず主について学び、主の前に進み出なければなりません。そうしてから時代にその御言葉をのべ伝え、主を現わします。
中心者が主の前に行く服を持っています。だから時代のすべての人たちは「自分」という古い服、つまり間違った認識観と思考をきれいさっぱり脱ぎすてて、中心者の御言葉を聞いて、時代の新しい心、新しい行ないの服に着替えて、主の前に行かなければなりません。
サタンの組織の道に行かず、必ず時代の中心者を通して、浄化して、主の前に進み出なければなりません。そうしてこそ問題が起こりません。そして、中心者だけ迎えて終わるのではなく、必ず御子イエス様を迎えなければなりません。

<祝祷>
今は永遠でいらっしゃる神様の愛と、命の御言葉を伝えてくださる主イエス・キリストの恵みと、聖霊様の感動感化御働きとが、この御言葉を聞いたすべての人たちと、全地球世界の救われた人たちと、これから救われる人たちに満ちることを、父神様、御子イエス様、聖霊様の御名によって祝福します。アーメン。


2012. 04. 27  
<主題>
あなたの行くべき道を勤しんで行きなさい

<聖句>
創世記18章20〜33節、19章1〜28節/出エジプト記14章
<説教>鄭明析 牧師(キリスト教福音宣教会 総会長)

ハレルヤ!
永遠でいらっしゃる父神様の愛と御子イエス様の平安を祈ります。今日も御言葉を聞くとき、聖霊様の熱い感動、感化、御働きが満ちることを祝福します。

今日の御言葉の主題は何でしょう。「あなたの行くべき道を勤(いそ)しんで行きなさい」です。
今日は聖書のロトの時とモーセの時の立場を伝えて、現在の先生と摂理人たちの立場を話します。今、私たちがどのように行なうべきか、深く深く悟って、主のおっしゃる通りに行なう人たちになることを祝福します。

この時代の状況と悪人の行いのために神様に告げる
この御言葉を書く日の明け方、「エステル祈り」をしながら、このような祈りをしました。「主よ、時代が邪悪で、悪人たちがむしろ、神様とイエス様を信じて愛し熱心に従う人たちに対して陰謀を働き、悪評を言い、無念な思いをさせます。一緒になって戦うこともできないので、神様に告げるしかありません。この時代の状況とその悪の行ないを神様に告げましたので、果たして彼らがどのようになるのか見届けて、証をしなければなりません。」
このとき、主がおっしゃいました。「彼らがどのようになるのか見届ける必要がない。あなたは私に告げるだけして、急いであなたの行くべき道を勤しんで行きなさい。」
やはり人間の考えと主の考えは違っていました。「聖書を読んでみると、ダビデ王は神様を呼んで、自分を苦しめ苦痛を与えた諸民族たちと悪人たちが滅びるのを見届けると言ったが、私の状況と摂理の状況は違うのだなあ」と思いました。

後ろも振り向かずに自分の行くべき道を行きなさい
悪人たちがどのようになるのかは、すべて行ってから眺めなさい
ロトが神様に、ソドムの地に悪がはびこっていることを告げたところ、神様とその使者たちは、果たしてソドムの地が実際にそうなのかどうか確認した後に、罪がはびこっているのを見て、裁きを計画なさいました。そして、裁きの日、ロトにはソドムの地が裁かれるのを見届けることをさせず、天使の手に引かれて自分の行くべき道を行くようにさせました。もし、ロトがソドムの地に残って、悪人たちがどのようになるのか見届けていたなら、どのようになったでしょうか。
神様が天使を通して義人ロトに、悪人たちが滅ぼされるのを見届けなさいとおっしゃいましたか?後ろも振り向かずに、自分の行くべき道を行きなさいとおっしゃいました。しかし、ロトの妻は後ろを振り向いて、悪人でもないのに、悪人たちと共に死んでしまいました。義人でも、神様が天使を通して指示した所に逃げて行って、急いで自分の行くべき道を行ってこそ、神様が安心して悪人たちと彼らを惑わしたサタンたちをお裁きになるのです。

叩いても誇りが出ないように自分を清くしなさい
この時代と悪人たちばかりが悪いと言って、自ら彼らを裁いてはいけません。裁きは神様がなさることです。私たちは早く勤しんで自分の罪を告げて悔い改め、叩いてもほこりが出ないように、自分を清くしなければなりません。自分たちを苦しめる者たちのことで気を使い、神経を使って、時間を奪われることなく、自信を奪われることなく、心を奪われることがないようにしなければなりません。


みな、急いで主の再臨を迎えるために、最後に100%新婦として装う道を行かなければなりません。
胸がすっきりするように邪悪な時代と悪人たちが滅ぼされるのを見ようとして彼らのことに神経を使うために、この時代に行くべき道を行けなければ、悪人たちのせいで自分ばかりがどれほど大きな損をするでしょうか。時代が邪悪で患難の雨風が吹いても、そこに神経を使わずに、勤しんで「新婦の装う道」を完璧に行かなければなりません。

全能者神様が世の中の悪人たちとサタン、悪魔たちを裁こうとしていらっしゃるのに、義人たちが悔い改めず、自分のすべきことができなくて、悪人たちと同じ水準に混ざっていたら、神様が心情を痛めつけられるし、悪人たちを滅ぼすとき彼らと共に滅ぼされるようになります。そうしたら、どれほど無念でしょうか。どれほど愚かな者たちでしょうか。

モーセとイスラエルの民たちが後ろも振り返らずに紅海を渡る
モーセの時、エジプトで400年間奴隷生活をしていたイスラエルの民は、その時代に神様が遣わした、指導者であり救い主であるモーセの手に導かれて、エジプトから脱出するとき、自分たちを苦しめ苦痛を与えていたエジプトが果たしてどのようになるのかと、後ろを振り向かずに、ひたすらカナンの地に向けて疾走しました。
エジプトの騎兵隊が後ろを追ってきましたが、急いで自分の道を進みました。この時神様の御働きで紅海が裂かれ、イスラエルの民はやはり振り向かずに、行くべき道を進みました。決まった地域にたどり着くまでは、振り向く暇もありませんでした。ただ一番後ろに来る人たちが大丈夫なのか、気を揉みながら、紅海を渡りました。
決まった地域まで行ってから、瞬間振り向いてみたら、一番後ろでついて来た人たちが証人となって言いました。エジプトの騎兵隊が裂かれた紅海の中に入ってきた時、海の水が正常に戻って、みな溺れて、暴れ、死ぬのを見たと言って、悪人たちがどのようになるのか、知るようになりました。

義人たちが自分たちの行くべき道を行ってからはじめて、神様は、義人たちを苦しめ苦痛を与えた悪人たちをお裁きになります。その前にお裁きになったら、義人たちも悪人たちと共に死ぬので、その前にはお裁きになりません。だから自分の行くべき道さえ行けばいいです。

1次救いを受けても、他のことに神経を使って行くべき道を行くことができなければ、悪人と一緒に裁きを受けるようになる。
イスラエルの民は奇跡的にエジプトを脱出して、カナンの地まで十分入れる状況が整っているシン荒野まで来ました。だから、これからは自分のすべきことをして、自分の行くべき道を行くことに神経を使うべきでしたが、自分たちを導いたモーセを恨みました。それで神様は、彼らに希望がないことを分かって、彼らに対する御心を取りやめました。
第一次救いを得たとしても、勤しんで自分の行くべき道を行かずに、他のことにばかり神経を使っていて行くべき道を行けなければ、サタンと悪人たちが噛みつきます。そして、同じ所に留まっているようになります。そうしていて、結局自分の行くべき道を行けず、サタンと悪人の裁きの日に一緒に裁かれるようになります。

自分の行くべき道を勤しんで行かなければならない。他のことに無駄な時間を使ってはならない。
義人たちがサタンに条件を与えて、サタンの手中にあるのに、神様がサタンと悪人たちを裁いたら、彼らと共に連れられて行って、一緒に裁かれるようになります。サタンと悪人たちから離れて出てくるように祈り、自分の行くべき道を行かなければなりません。そうしたら、サタンたちと悪人たちだけが固まって残るようになるから、神様は早速お裁きになります。

地蜂(じばち)たちが自分の恋人や子どもをさしたからと言って、愛する人がまだ地蜂の巣の前にいるのに、地蜂をなくそうとして火炎放射機を発射することはできません。
愛する人が地蜂の巣から離れて出てきてこそ、その時火炎放射機を発射して、地下まで熱くして、すべてを焼き尽くすことができます。
この時代の主の仕事をしながら自分の行くべき道を勤しんで行くべきであって、他のことに無駄な時間を使ってはいけません。みんな、各自主が願っていらっしゃる自分のすべきことを熱心にし、自分の行くべき道を勤しんで行かなければなりません。

無念なことがあったら告げて、自分を清潔にし、自分のすべきことをしなさい。
今日の御言葉を聞いて、私たちが行なうべき二つのことを悟らなければなりません。
一つ目は、悪人たちから無念な思いをさせられたら、神様にすべてを告げ、告げておいて悪人たちがどのようになるのか見届けるのではなく、ロトのように急いで自分の行くべき道を行かなければならないということです。
二つ目は、この時代と悪人たちばかりを邪悪だと言わずに、ほかのむなしいところに神経を使わずに、自分自身の罪を告げ、悔い改めて、まず自分を清くし、主の再臨を迎え、霊の引き上げのために、最後に100%新婦として装うことをして、自分のすべきことをしなければならないということです。


互いに言葉、口、舌を慎みなさい。
みんな自分が行くべき道があるのにほかのことを話すことをせず、ほかのことに神経を使うことをせず、兄弟同士で争うことをせずに、勤しんで自分の行くべき道を行かなければなりません。悪人たちと邪悪な世の中のことを話す暇がどこにあるでしょうか。ろくに息もつく間もなく、自分の行くべき道のために催促して走っていかなければならないこの時に、兄弟同士必要のない話をして、心を傷つけられて、自分の行くべき道を行けない人たちが多いです。
死ぬほど苦労して、命たちを伝道して育てておいたのに、互いに心を痛めつけて摂理史から出て行く人たちも多いです。だから互いに言葉を慎み、口を慎み、舌を慎むべきです。兄弟たちによって心を傷つけられた人たちがいるなら、その傷ついた主にも話して解かなければなりません。

ただ新婦は純真で善良でなければなりません。私たちは裁き主ではありません。
裁き主は全能者神様でいらっしゃいます。ただ良心通りに祈り、神様と御子イエス様に、自分の事情を告げなければなりません。続けて主に求め、神様に裁きを任せて、精神と行ないと霊を生かすために一層祈らなければなりません。

2012. 04. 19  
<主題>
再創造の歴史

<聖句>
マタイによる福音書4章17節、22章37〜40節
ヨハネによる福音書3章5〜7節、3章16〜18節
使徒行伝16章31節

<御言葉>鄭明析牧師(キリスト教福音宣教会 総会長)

ハレルヤ!全知全能でいらっしゃり、永遠でいらっしゃる父神様の愛と、御子イエス様の平安を祈ります。今日、主の御言葉を聞いて、聖霊様の熱い感動、感化、御働きが満ちることを祝福します。

再創造されければ、救いを受け、天の国に行くことができない。
人間は再創造されなければ、救われて天の国に行って生きる人はいません。創造は第一次創造と言えるし、再創造は第二次創造だと言えます。創造とは何であり、再創造とは何であるかを、比喩を使って話します。
人間が母の胎から生まれることは「第一次創造」です。その次にこの世を生きていく中で、イエスの肉体を使って人間を救うために来られたメシヤ・御子を信じ、その御言葉に聞き従って、行なって、救われ、天に属した肉と霊になることが「再創造」です。人間は母の胎内から生まれて人生を生きて終わらずに、メシヤを信じて、その御言葉を行なって、霊と肉が救われることで「再創造」されなければなりません。

人間が信じて従って行う責任分担を果たしてこそ完全に再創造される。
主は「人間がこの世に生まれる第一次創造は、より易しい」とおっしゃいました。男女が結婚するか愛し合えば、1年あれば神様が定めた通りに第一次、命の創造ができます。だから、第一次創造は神様の命の創造の法則通りになるので、より易しいです。

このように、男女の結合によって、現在地球世界には70億人近くの人々が生きています。しかし、70億人の人々の中から神様とイエス様を完全に信じてその御言葉に聞き従うことで救われた人たち、すなわち完全に第二次創造をされた人たちは全体の人口に比べてわずかです。
主は「神様と聖霊様と私イエスが働きかけても、人間が神様と私イエスを信じてその御言葉に聞き従うことで霊が救われ天国に行く第二次再創造があまりにも難しい」とおっしゃいました。なぜでしょうか。
主は「これは、微弱な人間と聖三位が一緒に責任分担を果たさなければならないので、あまりにも難しい。日、月、星、地球など宇宙のものすごいものを創造することは、聖三位が人間なしにするから易しい。なぜかというと、聖三位は責任を果たして行なうからだ。しかし、人間が入ると、三位が人間のために行なうけれども、あまりにも難しい。なぜかというと、人間が信じて従って行なう責任分担を果たしてはじめて、完全な再創造をすることができるからだ」とおっしゃいました。

宗教歴史、すなわち救いの歴史が人間再創造の歴史だ。
神様が日、月、星、宇宙、地球、人間の霊と肉を作ったのは、「創造、つまり第一次創造」です。そして人類を育てて来て、アダムとエバの時から信仰の歴史、すなわち救いの歴史を始めたことが「再創造」です。「創造の始まり」が、すなわち人類の歴史の始まりであり、「再創造の始まり」がすなわち救いの歴史の始まりです。

再創造は神様の愛の創造の歴史です。「愛」で人間の霊と肉を完全に教え、変化させ、神様的な価値に再創造しようと「御心」をおきました。だから、人類を創造して育ててきて、アダムとエバを選び、「人間の再創造の歴史」を始めました。
人間の再創造の歴史がすなわち宗教の歴史、すなわち救いの歴史です。神様の御心をこの地上に実現することが「人間の再創造」でした。それで再創造の始まりからは「御言葉、すなわち愛の法」を下さって、御心を成すようになさいました。

ところが人類の代表であり、信仰の先祖であるアダムとエバが神様の御言葉に不従順で、愛の堕落をすることによって「再創造の御心」が壊れました。アダムとエバの堕落によって、アダムとエバだけではなく、旧約4千年の主管圏の中にいたその子孫たちまでが刑罰を受けるようになり、神様が本来願っていた御心を成せなくなりました。
しかし神様は人間をそのまま捨てることはなさらず、刑罰の期間を経させ、旧約歴史を4千年間広げて来られました。だから「救いの歴史」と「刑罰の歴史」を同時に広げるしかありませんでした。この時から人間は神様の前でしもべの立場に落ちて刑罰を受け、それなりに救いの歴史を広げて来ました。そして神様は再び来るとおっしゃいました。

地上で行う歴史なので、肉体を通して降臨なさった。
旧約4千年の刑罰の期間が終わり、新約の時になって、神様は、この地上に降臨なさるという約束通りに降臨なさいました。しかし神様がいらっしゃったのではなく、御子を送りました。御子が神様格として再び来られたのです。しもべの立場から子の立場に次元を上げて、再創造の歴史を行なわなければならないので、その息子を送りました。
しかし地上で歴史を広げなければならないので、「イエス」の肉体を通してその息子、御子を送り、その肉を通して神様も一緒に降臨なさいました。旧約歴史4千年間も地上で行なう救いの歴史なので、人間、つまり預言者たちや中心人物たちや士師たちを通しておっしゃり、働きかけたように、御子を送るときも「イエス」の肉体を通して送り、神様も一緒に降臨なさいました。

神様は、人間たちがイエスの肉体を使って来た御子を信じ、その御言葉通りに行なうようにさせることで、アダムの時にできなかったことから復帰させて、「第二次再創造の歴史」を広げていかれました。御子がこの地上に来られたことで、息子級の救いの歴史を広げるようになり、旧約の刑罰も終わるようになりました。
しかし地上で神様の降臨を待っていた人たちが、イエスの肉体を使って現れた、神様格である御子を不信し、その御言葉に不従順で、憎むことで、イエスの肉体を十字架に釘で付けました。それで神様の再創造の御心がまたも壊れました。そのままにしておくと、皆が罪によって死亡に住むしかありませんでした。全世界の代表であるユダヤの宗教人たちがイエス様を不信したことが、すなわち全人類がイエス様を不信したことになって、イエス様はメシヤとして万民の罪を背負い、犠牲になって罪を贖(あがな)ってくださいました。

再創造歴史にも過程がある
堕落した人間の再創造はいっぺんにはできません。罪によって御心が壊れたので、直ちに再び再創造の歴史をすることはできません。回復の期間が必要です。
ちょうど、スポーツ選手が運動場で走っている途中怪我をしたのに、すぐに走りなさいとは言えません。走る前にまず治療の期間と回復の期間を経なければならないのです。
これと同じく、人間の再創造の歴史である救いの歴史もそうです。
堕落した人間の再創造は回復の期間、すなわち刑罰の期間を経て、刑罰を受けて、第一次、第二次、第三次に働きかけて完成するのです。
救いの歴史7千年をかけて、第一次旧約の4千年間、しもべ級の段階に再創造し、第二次新約の2千年間、子女級の段階に再創造し、第三次成約の千年間、新婦級に再創造するのです。このように漸進的に再創造の歴史を行ないます。私たちは最後の再創造期に生まれたのです。

御子イエス様は使命者の肉を使って現れ、働かれる。
神様が、モーセの時も、預言者の時も、士師の時も、彼らの体を使って現れて働きかけたように、御子も兄弟の中にいるイエスの肉体を使って来られました。この時代も同じです。肉体を使って働きかけるのです。
聖書で、主は雲に乗ってくるとおっしゃいました。雲に乗って来るという言葉は、真理に清い人、聖書を非真理で、文字通りに解くことをしない人、雲を空の入道雲や黒雲だと解くことをしない人に乗って来るということです。

2千年前の初臨の時、御子は清い雲である女の人「マリヤ」の体を通して来られました。やはり人間雲ではないですか。そして、清い聖霊で生まれた「イエス」の体を通して、御子が来られたのです。
だから成約歴史は新約歴史の時と同じく、御子本体、全能な霊体がこの時代の使命者の肉を使って現れ、働きます。
父と御子はいつの時代でもふさわしい人の肉体を使って来るから、サタンと悪人たちは神様とイエス様が使う肉体を攻撃し、撃ちます。それで神様の御心を成せないように止め、人間の霊と肉を救えないように止めるのです。

霊を天の国の姿かたちに作り、再び創造することが再創造だ。
再創造は「霊魂の創造」です。肉と共に生まれた霊を天の国の姿かたちに作って再び創造することが再創造です。
人間は再創造をしなければ、霊のない獣が肉だけのために生きて終わるように、「肉体」は死んで地上の土に消え去り、その「霊」は死亡に消えてしまいます。再創造してこそ、「肉体」は地上で救いの生き方をし、「霊」は天の国の姿かたちに変化して天国に来て永遠に生きるようになるのです。
2012. 04. 14  
<主題>
永遠な霊の復活

<聖句>
ヨハネによる福音書20章11〜23節
<説教>鄭明析牧師(キリスト教福音宣教会 総会長)

ハレルヤ!永遠でいらっしゃる神様の愛とイエス様の平安を祈ります。
今日は復活節の主日です。主が復活節を迎えて復活について話してくださるから、御言葉を聞くとき、聖霊様の感動、感化、御働きが満ちて、みなさんの霊と心が一層復活することを祝福します。

イエス様の復活は、すなわち私たちの復活です。だから、復活について正しく分かってこそ、私たちも復活することができます。

神様が「天の国」でない「この世」に御心を広げるために、4千年間旧約歴史をすべて行ない、御心通りにもっと理想的な救いの歴史を広げようとして、「イエスの肉体」を聖霊で身ごもるようにし、その息子、御子をこの地上に送って、その体を使って現れるようになさいました。神様も約束を成就しようとして、御子と共に「イエスの肉体」を使って降臨なさいました。
しかしユダヤの宗教人たちは、聖書で「神様」が来ると言ったので、神様が、人間の目に見えるように来るだろうとばかり思っていました。初めから神様が目に見えるように来るだろうとばかり認識し、思考し、考えて、神様が来られるのを待ちました。それなのに、肉体で現れた人が、神様が降臨なさるという聖書の御心を成し、イスラエル民族を救うと言うから、信じたでしょうか。イエス様が「私が神の子だ。子を信じる者はしもべから抜け出して、自由になる。子のようになる」と言って命の御言葉を伝え、直接現れて行なったにもかかわらず、神様の降臨を悟れませんでした。「私たちは神様を信じる。私たちはモーセの子孫だ。お前はメシヤでもなく、神様でもなく、神様の子でもない」と言って、不信しました。

しかしイエス様を信じて従った人たちは、その御言葉を聞いて、神様がなさったことと、神様の霊が御子の霊と共に降臨なさったことと、御子が降臨して「イエスの肉体」を使って現れて行なったことを、はっきり悟りました。
神様は霊の存在者なので、人間の目には見えません。その霊体はまったく見せてくれませんでした。今も神様とイエス様は働きかけていながらも、見せてくださいません。時代に遣わした使命者の肉体を通しておっしゃり、現れます。このことを分かって、見えなくても、その御言葉を聞いてみて、行なったことを見て、神様とイエス様を信じ、愛し、行なわなければなりません。

もう一度言いますが、過去4千年間の旧約歴史の時も、神様は「霊」でいらっしゃるから、この地上に現れて働きかける時には、モーセ、ヨシュア、サムソン、ギデオン、ダビデ、エリヤなど、中心人物たちや預言者たちや王たちや士師たちの「肉体」を使って降臨なさり、助け、戦争の日に共にして戦って勝利できるようにしました。
新約歴史を始める時は、しもべの立場にいた人たちを「子」に復活させるために、その息子、御子を送りました。その御子も霊だから、「イエス」という肉体を持って現れるようになさいました。

今、イエス様を信じて、イエス様の再臨を待っている人たちも、ユダヤの宗教人たちと同じ思考と認識観を持って、イエス様の体が人間のように目に見えるように来ることを待っています。だからイエス様が来られても迎えられません。「霊」が来られるからです。イエス様の霊が、この地上のふさわしい人の肉体を使って来られます。

神様の降臨と行なったことを正しく分かってイエス様を受け入れるべき人たちが、受け入れられず、反対することによって、イエス様はメシヤとして、義人として、分からずにイエス様を不信した人たちの罪と、世の中の全ての人たちの罪の代わりとなって、犠牲になってくださり、死んでくださいました。それによって、罪びとたちは罪を許され、肉の死と永遠な霊の死を免れました。死ぬしかない罪びとたちに救いの道が開かれました。

イスラエル民族は全世界の代表民族であり、表象民族であり、中心民族です。代表、表象、中心民族の不信は、地球世界の全ての人々にすべて該当します。表象がよくやれば世界がよくなり、表象がよくできなければ世界がよくなりません。
表象によって全体が左右されます。世界のスポーツ競技も、一国(いっこく)の代表として、一人や一つのチームが出場して、戦います。代表が負けたらその民族が負けたことになり、代表が勝ったらその民族が勝ったことになります。だから、全体は代表を応援してあげなければなりません。

イエス様が亡くなって3日目になる、安息日の後の最初の日の明け方、マリヤはイエス様の墓に行きました。しかし、イエス様の死体は跡形なく、イエス様に着せていた麻布の服だけが墓に置かれていました。泣きながら墓のそばを見たら、一人の人がいたので、園の番人だと思って、泣きながら尋ねました。「あなたがイエス様の死体を移しましたか。どこに置いたか私に話してくれれば、私が引き取ります」と言いました。
この時、イエス様が「マリヤよ」とおっしゃいました。それでマリヤはイエス様の声を聞いて、「ラボニ(先生)よ!」と言いました。イエス様はまた「私にさわるな。私はまだ父のみもとに昇っていないのだから。あなたは私の兄弟たちのところに行って、私は私の父神様のみもとに昇っていくと伝えなさい」とおっしゃいました。
マグダラのマリヤはその言葉を聞いて、イエス様の弟子たちのところに行って、「今日私は主を見ました。父のところにすぐに昇って行くとおっしゃいました」と言って、イエス様が話した言葉を伝えました。
イエス様はマグダラのマリヤに「私が生きかえったから、再びこの世であなたたちと共に活動する」とはおっしゃいませんでした。「私はすぐに私の父、神様のみもとに行く」とおっしゃいました。もし肉体が生きかえったなら「私が生きかえったから、私と共に熱心に福音を伝えよう」とおっしゃったでしょう。

イエス様は復活した後40日間、あちらこちらに現れました。まるで最近、摂理史のあちらこちらに現れるようになさいました。イエス様が復活なさって、イエス様に従ってイエス様と共について回った弟子は、一人もいませんでした。「霊」だからついて回ることができませんでした。主が一人であちらこちらに現れました。
そして40日の後、最後にオリブ山で弟子たちが集まっている中で、天に昇天なさっておっしゃいました。「平安があるように。聖霊を受けなさい。そして地の果てまで福音を伝えて、私の証人になりなさい」とおっしゃいました。そして天高く離れて行かれた後、天使に「弟子たちに私イエスが再び来ると伝えなさい」とおっしゃいました。それで天使が弟子たちに「あなたたちの中から天に昇って行かれたイエスは、見たその通りに霊が再び来られる」と言いました。

イエス様を信じている人たちも、主が再び来るというから、2千年前、主がイスラエルのベツレヘムで生まれて活動したその肉体がそのまま来るだろうと思っています。肉体が復活して、天に昇天して、再び来るだろうと思っているのです。
2千年前にイエス様の肉体は全人類のために差し出したのではないですか。「肉」はこの世に差し出し、私の「霊」は死亡圏に閉じ込められている人たちのためにすべきことをして、復活して天に昇って行きました。今日の御言葉の主題は「永遠な霊の復活」です。霊の復活が永遠な復活です。肉はもし生かしたとしても、時になればまた死ぬのではないですか。このことを悟ることを願います。


この時代にも、イエス様が御子として「霊」で来て、「地上で生まれた人の肉体」を使って来ました。いつも神様と御子イエスの霊は、地上で働く時は、肉体を持った、ふさわしい人の肉を使って救いの働きをし、約束した御心を広げ、その時代に該当する御言葉を伝えて、歴史を広げて行きます。新約旧約6千年の救いの歴史の間、神様と御子イエス様はそのように歴史を広げて来たのです。

すでに時になって再臨の成約歴史が始まりました。だから御子イエスの霊は約束通りに降臨し、この時代の人たちを新約の死亡圏から成約の生命圏に出て来させる復活の歴史を広げて来ました。しかし、私の肉体は既に2千年前に死んで、御子イエス様は霊だから、また御子の肉として使う、ふさわしい人を準備させ、その肉を使って現れて御言葉を伝えているのです。
誰でも新しい時代の成約歴史に来て、御子イエス様の初の新婦として復活した人、肉として使う人を受け入れて、御子イエス様が彼を通して伝える時代の御言葉を聞いて、新婦の立場で御子イエス様を信じて、愛し、従えば、肉体の引き上げを成したのです。その霊と肉が死亡圏から生命圏に出てきて復活したのです。このように第一次肉体の引き上げを成して、肉と霊が生命圏に出てきて生きて、肉体が主の、時代の御言葉を聞いて一層完全に行なうことで、肉の行ないを通して霊を完全に準備して、天の国の姿かたちに作るのです。そうしていて、天使長がラッパを吹き、御子の霊の体が再臨したら、天の国の姿かたちに完全に変化した霊は、最後の復活、つまり霊の復活をするのです。これが霊的な引き上げの歴史です。
肉の引き上げと霊の引き上げは違います。この地上で肉的な引き上げを成して、イエス様を新郎として迎えて生きても、自分の霊を最後に一層完全に準備させることができなくて、御子の霊が再臨する時、霊では御子を迎えられないこともあります。だから、完全に準備しなければならないのです。
今日において明日が進行します。今日という現在において、未来にもうすぐ始まる御子の霊の再臨と私たちの霊の引き上げが進行中です。歴史は過程で進行します。目的地に行って進行することはしません。御子イエス様の霊の再臨と私たちの霊の引き上げも既に進行しているのです。過程で既に結果が決まったのです。だから過程が重要です。

今日の御言葉を聞いて、皆さんの霊も主の復活と共に死亡圏から生命圏に出て来、生命圏に出て来た霊たちも最後に次元を上げて高く昇って、完全に復活することを祝福します。肉の行ないも心霊も、様々な死亡圏の生から生命圏に復活することを祝福します。

2012. 04. 03  
<主題>
すべきことをしないで、楽にばかり生きたら、人生、滅びる

<聖句>
ローマ人への手紙12章11節
<説教>
鄭明析 牧師(キリスト教福音宣教会 総会長)

ハレルヤ!
永遠でいらっしゃる神様の愛とイエス様の平安を祈ります。今日も御言葉を聞いて、聖霊様の熱い感動、感化、御働きが満ちることを祝福します。


今日の聖書の本文であるローマ人への手紙12章11節で「勤(いそ)しんで、怠けることなく、熱心に、主に仕えなさい」と言いました。
現代人たちは老若男女を問わず、最大限自分を楽にしようとばかりします。だから、すべての時間を楽に過ごそうとして、当然自分がすべきことなのに、大変だからと言ってやりません。指一本も動かさないで、楽な道に行くことを願って生きています。「自分が楽になること、自分が喜ぶこと、自分が好きなこと」の生を疾走しながら生きています。

霊魂が楽であってこそ、すべてが楽なのです。そうするためには、肉体が苦労しても、神様の御言葉を勤しんで、熱心に守って行なわなければなりません。
楽に生きようとして祈ることもせず、聖書も読まず、御言葉も一度聞くことで終わらせ、実践もせず、管理も1回2回して終わります。苦労しても、毎日自分を御言葉と祈りで管理し、命を管理してあげなければなりません。そうしてこそ、現在にも未来にも根本的な安楽さが来ます。


稲光が光るように瞬間行なって終わる、天使長がラッパを吹き、来られる主の再臨のその一日を待ち、期待するのではなく、「今」、主に従っていかなければなりません。そうしてこそ、その日に主を迎えます。今、主に従っていく人だけが、その日に主を迎えるようになります。
主の再臨を迎えることは、分かって行なえばやさしいです。すべきことをせずに、楽にばかり生きたら、主について行くことができません。「信仰」はその時代の使命者の言葉を聞いて、メシヤ・イエス様を愛して、ついて行く生き方です。主が見えないから、その肉として使う使命者の言葉を聞いて、ついて行くのです。

楽に寝たり座ったりして生きる生き方や、楽なものばかり探し回って生きる生き方は、人生を80〜90歳まで生きて、年老いて、それ以上すべきことがない時にする生き方です。そのように生きたら、人生を失敗し、苦痛を味わうようになります。
人生の春である人もいるし、人生の夏である人もいるし、人生の秋である人もいます。自分のすべきことがあるのに、霊的にも肉的にも、楽にばかり生きようとしてはいけません。
今、肉の引き上げの歴史が進行中です。肉と霊を変化させて、地上で肉の引き上げの歴史を進行しています。ただ、天使長がラッパを吹いていないだけです。天使長がラッパを吹き、主が再臨するとき、このように用意できた霊だけを引き上げさせて、天の国に連れて行くのです。

引き上げとは何でしょうか。引き上げとは主を迎えることです。この時代性に合うように、時代の新婦の御言葉を聞いて行ない、主を新郎として愛することで、新婦として生まれ変わり、変化することが「引き上げ」です。肉も地上で主の新婦として生きることが「肉の引き上げ」であり、そうすることで、霊も変化を成して、主の再臨の時、主を迎えて天の国に行くことが「霊の引き上げ」です。

いつも肉的な世界で先に再臨の引き上げの歴史を行ない、その次に霊的な世界で行なうのです。天の国に連れて行く「霊の引き上げ」をさせるために、まずこの世で肉の引き上げを進行するのです。

「引き上げ」が難しいと思う人は引き上げられません。易しいのです。

一つ、引き上げられることを願ってこそできる。
二つ、どのように引き上げられるのかを学んでこそできる。
三つ、学んでその御言葉通りに行なってこそできる。


主が、みんなが引き上げられることを願うから、本人が願い、学び、行なって、切るべきものをすべて切って行きさえすれば、引き上げられます。

今までいつも主が私たちを引っ張っていく片思いをしたから、これからは私たちが1対1で私イエスを愛する責任を果たして、各自愛の綱で私を縛って引っ張っていかなければなりません。最善を尽くしてこそ私を引っ張っていけるでしょう。片手ではだめです。乳を飲んでいた時の力まで振り絞って、主を「愛の綱」で縛って引っ張っていかなければなりません。

楽に引っ張っていったら、引っ張っていく途中、倒れてしまいます。

自分が諦めて座っていたら、主も行くことができません。体と心を尽くして、自分が楽なようにするのではなく、苦労して引っ張っていけばできるのです。
自分が楽をしようとして主を置いて行ったら、自分一人では天国に行くことができません。どうやって自分一人で天国まで行くでしょうか。

自己革命を起こさなければなりません。安楽さと安逸さと怠慢な習慣と癖を全て切らなければなりません。少しやってやめるのではなく、主の言葉を守って、持続的に絶え間なく行なわなければなりません。一週間やって、一ヶ月やって、一年やってやめるのではなく、持続的にしなければなりません。持続的に行なう人が、現在の位置から次元を上げて、サタン不可侵の世界である光の世界に出てくるのです。

主は「安楽さを蹴っ飛ばし、苦労しても行なおう!」とおっしゃいました。最後までしなければなりません。

<祝祷>
今は、全知全能で永遠でいらっしゃる神様の愛と、私たちに最高に高い次元の御言葉で最後のこの時をどのように過ごすべきかを話してくださって、霊と肉の完全な復活と引き上げを成すようにしてくださるイエス様の恵みと、乾いた心に火のように熱い感動を与え、命の御言葉を深く悟って、感じて、行なうようにしてくださる聖霊様の熱い感動、感化、御働きとが、自己革命を起こして、安楽さと安逸さと怠慢さを全て切って、苦労しても命の道に行き、勤勉さと熱心で主を愛の綱でぎゅうぎゅうに縛って、引っ張っていって、主の片思いの恨(ハン)を晴らそうとする全ての人たちに満ちることを、父と御子と御霊の御名によって祝福します。(アーメン。)